社会福祉施設の入所にかかわる申請者側の権利の有無については、一般に従来からこれを認めない傾向にあったものということができる。
たとえば行政解釈によれば、老人ホーム(「老人福祉法」11条)につき、「本条による措置は、措置の実施者に課せられた義務であって、右に述べたとおり、希望者からの請求権に基づくものではない。
したがって、措置を受けることにより老人ホームにおいて養護されることは、老人に与えられた権利ではなく、公的機関に措置義務があることから派生する『反射的利益』である」として権利性が否定されている(厚生省社会局老人福祉課『改訂老人福祉法の解説』中央法規出版、一九八七年)。
市民側から気軽に社会サービスが利用できるようにするためには、「措置制度」のように、 「資産調査」や「家族調査」などといった、利用意欲を阻害する、気おくれさせる手続きはあってはならない。
つまり財源方式は、サービス提供のしかたにも密接にかかわってくる。
全面的に租税負担方式をとれば、日本では現行の「措置制度」のこのような枠組をこえることはむずかしい。
サービス利用者の費用負担能力の審査(所得調査)は避けられない。
その市民が、最低生活レベルを本当に自力で維持できないのかどうか、税で補助してやらなければならないかどうかのチェックなしに、個人に税補助を与えることはできないからである。
当然この場合は、利用者からの費用徴収も、所得に応じた「応能負担」となる。
社会保険方式の可能性 一方、社会保険方式というのは、市民が必要時に好みのサービス提供者を選んで、それを利用する方式である。
そして社会保険の主催者―税と市民からの保険料、利用料で形成される基金を預かる「保険者」が、「被保険者」(加入者、利用者)の代理人として、サービスの代金を事業者に支払う(健康保険制度における、患者と医療施設との関係と同じ)。
ここでは保険料を払っていれば、「保険者」は必要時にかならず何らかの給付をしなければならないという、強力、かつわかりやすい約束関係が、その前提条件だ(「反対給付」)。
利用者とサービス提供者の関係も、利用者側の選択による契約関係だけになるから、所得調査も家族調査もない。
利用者の費用負担は、当然利用するサービス量に応じて支払う「応益負担」となる。
もちろん社会保険方式ならばすべての問題がバラ色に解決するわけではないが、財源の規模やニーズの判定に、市民からの影響力が格段に増す。
また後に述べるように、市場メカニズムによってサービスの供給量は急速に増やすことも可能となろう。
それはまた、国民健康保険制度の発展過程での、「無医地区」解消や、診療所や病院が全国に急速に普及した歴史をみれば、サービス供給促進の強力な仕組としても機能する。
つまり制度発足後すぐから、たとえば「無医地区」などでは、保険料を払っているのに医療を受けられないのはけしからんじゃないか、「保険料あって医療なしとは、なにごとか」と、住民からの強い要求が出てきた。
市民が支払った保険料に対して「反対給付」をきちんとしろという、わかりやすい約束をもとにした制度の仕組のなかでそうなった。
このとき住民からどこへ要求が出されたか。
地域行政の責任者たる地方自治体と、保険料を集める保険者(保険組合)である。
そこで市町村長たちは非常な努力を傾けて、村の診療所をはじめ市町村立病院をどんどんと建設し、大学病院へ日参して医者の派遣を要請した。
あるいは本来は医療費の支払いだけを保障すればよいはずの保険者団体が、直接医療サービス供給にまで乗り出した。
こうして強い住民要求に突き上げられて、公的な団体が医療供給を急ピッチで促進した。
もうひとつ、戦後の医療供給を促進したのは民間部門である。
国民皆保険制度成立前年の一九六〇年には「私的病院」は四〇〇〇ほどだったが、二〇年後の一九八〇年には七〇〇〇あまりに増える。
このような急ピッチの基盤整備を可能にしたのが、健康保険の場合、たとえばほとんど元手がなく借金をして診療所や病院を建て。
ても、あとその建物の償還費用まで、すべて日々の診療報酬から支払っていける仕組になっていたからだ。
ニーズさえ、つまり患者さんさえいればサービス資源を整備できた。
需要が供給を生み出すメカニズムになっていた。
現場の事情によってサービス供給量をたいへん増やしやすいしかけになっていた。
だから民間だけでなく、地方自治体もあまり費用の心配をしなくても医療施設を作りやすかった。
地方議会で承認されれば、当初は租税を投人して病院を建てても、あとで診療収入からあがる利益でそれを返済することができた。
これは医療分野で独自財源をもてたという、社会保険制度の大きなメリットだった。
ただ費用支払いは、どんぶり勘定で丸ごと医療機関にくるから、医療機関に支払った公的な財源(保険基金)がどう使われるかについては、いっさいタ。
チできないということにもなった。
この点の反省をふまえれば、いわゆる営利優先のために生じた弊害をできるだけ少なくして、しかも福祉事業を起こそうという良心的な事業者が育つようなインセンティブ(動機付け、やる気)を制度に組みこまなければならない。
端的にいえば供給を促進するためには、経営が成り立つI適正な利益があがる仕組にする必要があるが、同時に利益をあげるには、事業体側は、サービスの質を常に向上させ、評判をよくして、顧客を増やす努力をしなければならない。
ここには市場メカニズムが生きる。
以下は「措置制度」の問題としてよく知られたエピソードだ。
「ある人が某特別養護老人ホームを視察したときのこと。
おばあさん、おじいさんが『いつもごちそうさまです』、『ほんとにおいしかった』と口々に礼を述べながら食堂を出て行く。
よほどおいしかったのだろうと試食してみると、吸い物がまるでお湯だ。
担当の職員に聞くと『うっかり塩を入れ忘れて』と謝った。
味のない吸い物に文句ひとつ言わない入所者たちの姿に、その人はがくぜんとした、という」(『「介護保険」とはなにか』より)とにかく、こういう風景はなくさなければならない。
規制を緩和しつつ、同時にサービス提供者の質をコントロールする。
これはむずかしい課題だが、短期間に急いで資源を大量に整備する、しかも量だけでなくある程度の質も維持しなければならぬという至上命題を、困難だろうけれどもなんとか解決してゆくしかない。
私たちの親世代といずれは高齢化する私たち自身の問題として、障害をもった高齢市民にどの程度のサービスを提供してゆくか、つまりどれくらいの水準の生活を提供すべきか、そのためにはどれくらいの社会保険料と税を回すのか、ここを市民の判断を中心にして決めなくてはならない。
福祉の場合、医療と違って医学のような社会的合意の得られた強力な客観的判断基準が少ないから、提供する生活水準のレベル設定については、市民自身が決めるしかない。
もちろんこの方式にも懸念はたくさんあって、やってみなければわからないことも多い。
しかしあの北欧の市民社会は、どこにも手本のない時代にまったく新しい社会システムの地平を切りひらいてきた。
それに比べれば、立派な手本を参考にしながらやってゆける私たちはよほど楽である。
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